全ての地域

避難民を牧場で受け入れる

ロシアによる全面侵略が始まった最初の日から、ウクライナ中部と東部の多くの住民は敵の砲撃から逃れるために西部地域へ避難しました。2月24日まで、ハリチナ地方の「スカルボーヴァ・ホラ牧場(Скарбова гора:トレジャーマウンテン牧場)」はグリーンツーリズムの中心地でした。しかし、ロシアの侵略が始まると、この場所は、マリウポリ、オフティルカ、ハルキウ、ブチャ、ボロジャンカなどから家を離れることを余儀なくされた避難民たちの避難所になりました。

過去に既に存在したロシアのくだらないシンボル

20世紀の2度にわたる戦争の後、世界は「もう二度と」を約束しました。世界各国がこれを支持している一方で、ロシアはそれとは対照的な「必要とあらば行う」というスローガンでそれを打ち消し、ウクライナと全面戦争を開始しました。その「勝利フィーバー」で有名になった侵略国のロシアは、今でも第二次世界大戦のナラティブを利用しています。過去と現在のポスターのアイデアとその形式さえ、ほとんど同じです。

人々 子供たち  占領された村の柵に書かれていること

キーウ、チェルニーヒウ、スーミ近くの多くの村や町は、全面侵略が行われた最初の日からロシアの占領下にありました。3月下旬、ウクライナを防衛している人たちがロシアの占領軍を北部地域から追い出しました。ポリッシャ地方、シヴェリヤ地方、北スロビダ地方の解放された地域は、人道援助を受け、徐々に元の生活に戻りつつあります。それらの地域がロシアによる占領をどのように生き延びたのかを記録する独立ジャーナリストやドキュメンタル作家も地域にアクセスできるようになりました。

「ズフラヤ」がどのように戦争中に機能しているか

全面戦争の影響を受けた地域は、現在、食糧が不足しており、基本的なサービスもままならない状態です。女性のボランティアたちは、食料、水、薬などの必需品にアクセスできるように、コミュニティへの支援を迅速に組織しました。「ズフラヤ(群れ)」は、エウヘニア・タリノウシカが率いるそのようなボランティア組織の1つです。

マリウポリの声 ハリーナ

マリウポリの声とは、包囲されたマリウポリから避難することができた人たちのストーリーを聞くシリーズです。今回は、包囲された都市にいる間、教育ハブ「ハラブダ」から結成された大きなボランティア本部をチームと調整したハリーナの物語です。2016年以来、「ハラブダ」は自由スペースとしても知られており、軍や避難民への支援の中心地としても知られています。戦闘行為の激化とロシア軍による絶え間ない砲撃により、ハラブダの人たち(ハラブディウツィ)は再びボランティアとなりました。3週間足らずで、ハリーナのチームは約25,000人のマリウポリの住民を支援しました。

教育における「ロシアの平和 / 世界」 ウクライナの抵抗

教育は常に、ロシアとウクライナとのハイブリッド戦争における重要な足がかりの1つでした。全面侵略のずっと前に、ロシアは教育を通じて、同時にロシア人に帝国主義の感情を植え付け、ウクライナでウクライナのものを追い出すためのあらゆる手段と方法を使用しました。

マリウポリの声 フリスティーナ

マリウポリの声とは、包囲されたマリウポリから避難することができた人たちのストーリーを聞くシリーズです。今回は、3月15日に夫と愛犬と共に一緒に街を出たフリスティーナとのストーリーです。当初、彼らはビロサライ・スピット(マリウポリから33km)の別荘に移住しましたが、ビロサライ・スピットに自称ドネツク人民共和国のメンバーたちが到着した後、彼らはほかの場所へ行くことにしました。

2022年ユーロビジョンでのウクライナの勝利が重要である5つの理由

5月14日、トリノで開催されたユーロビジョン・ソング・コンテストで、カルシュ・オーケストラ(Kalush Orchestra)は音楽コンテスト史上最多の一般投票数を獲得し、見事優勝を果たしました。戦前のコンテストに選ばれた、バンドメンバーのうちの一人の母親に捧げたフォーク・ラップ「ステファニヤ」は、ロシアの侵略が始まってから、ウクライナ人にとって新たな意味を持つようになりました。多くの人にとって、この歌に登場する母親は、ウクライナ、その女性の強さ、そして故郷に帰りたいという切なる願いを象徴しているのです。この記事では、ウクライナのユーロビジョンでの勝利が、なぜウクライナとヨーロッパ全体にとって大きな出来事だったのかについて説明します。

次の投稿を表示する

Ukraїnerをフォローする