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「私にはこの人たち以外に何も残っていません」 バフムート方面でのウクライナ軍の反転攻勢の現状

「アルテーミウシク」と非共産化前に呼ばれていたバフムートはドネツィク地方に位置し、2014年にはすでにウクライナ軍と親露派武装勢力の戦場となっていました。当時、戦闘は数ヶ月続きましたが、最終的に占領軍はその地域から撤退しました。人口7万人を超えるこの街は、過去8年間、復興と発展を試みてきました。バフムートは塩製造業の中心地であり、いくつもの工場が稼働しており、ブランドシャンパンまで生産していました。しかし、ロシアによる全面侵略が始まって、全てが一変しました。2014年に一時的に占領された地域との境界線に近かったため、2022年の春、この街は電気もなく、砲撃や空爆に見舞われました。2023年初秋の時点で、ほとんどすべての建物とインフラが深刻な被害を受けているか、あるいは、破壊されています。そのため、住民の99%が帰る場所を失ってしまいました。

ロシアの帝国主義的ナショナリズムにおける5本の柱

ウクライナに対する戦争はプーチン個人が始めたものではありません。この戦争は、プーチンとその周辺の者たちを図式化したロシアの帝国主義的ナショナリズムが始めたものであり、現在も進行中です。

ホロドモールに関する神話

今回はホロドモールに関する最もありふれた神話、つまりデマについてお伝えします。その内容は、1930年初頭にホロドモールの惨劇はなかった、ただの不作だった、ソ連圏ではどこでもあった、ましてやウクライナ人が自分で起こしたものだ、など多岐にわたります。この特集ではそういったデマを分析し「神話」を反証していきます。

「武器を持たぬ英雄たち」 全面戦争で救助に当たるウクライナ国家非常事態庁の救助隊員達の写真

救助隊員の仕事を軽視することはできません。災害や大惨事の現場に真っ先に駆けつけ、危険と困難を恐れず、命という最も貴重なもののために力を尽くしている人たちです。ロシアとの戦争中、彼らの役割は特に顕著なものとなりました。ロシアは常軌を逸した手法も辞さず、住宅・学校・病院・人道支援物資の入った倉庫・民間インフラなど、文字通りあらゆるものを砲撃しています。敵の攻撃による火災に加えて、救助隊員は地雷が設置された場所でも活動しています。もちろん、日常生活における救助要請がなくなったわけではありません。したがって、救助隊員は、自分の命が危険にさらされていることが多いことを認識しながら、多くの困難に対応できるように適切な身体的・精神的訓練を受けているのです。

クリミアはどのようにロシアの占領に抵抗しているのか?

ロシア軍がクリミアを占領したのは2014年に遡り、ここからロシアがウクライナへの侵略を始め、2022年にはウクライナの全領土に対して侵略を試みています。クリミア半島がロシアのものであるという神話があり、「ルースキー・ミール」の支持者がいる一方で、ウクライナを支持している市民も常にクリミア半島に暮らしていました。戦争が勃発した時には、クリミア半島の住人の一部がウクライナ領に移住しました。しかし、ウクライナ人の中には、不法に拘束され、投獄される危険を冒しながらも、クリミア半島に残り、ロシアの占領に抵抗する者もいます。

どのようにロシアのソフトパワーが殺すのか?(パート2)

ロシアは常に世界に影響を与えようとし、「西側諸国はロシアを尊重しなければならない」「EUはロシアなしでは生き残れない」「制裁はモスクワに害を与えるのではなく、むしろモスクワを強くする」などといった帝国主義的なナラティブを推し進めてきました。これらの主張はいずれも、軍事的・経済的圧力ではなく、文化やナラティブを通じた影響力の手段であるソフトパワーによって推進されています。

プロパガンダとジェノサイド: ロシアのプロパガンディストを罰することは可能なのか?

ウクライナや国際的な人権活動家たちは、ロシア軍がウクライナで犯した戦争犯罪を毎日のように記録しています。ウクライナ人に対する大量虐殺、プーチンとその配下に対する国際法廷の創設、ニュルンベルク裁判など戦犯を処罰した前例に関する言及が盛んに行われています。しかし、それらは本当に有効なのでしょうか、また、ロシアのプロパガンダ扇動者たちに対して遅かれ早かれそのような法廷が開かれることをウクライナ人たちは望むことができるのでしょうか?歴史的な例と現時点との類似性を考慮しながら、国際法廷におけるプロパガンダ扇動者たちのケースを見て、この問題でどこに正義を求めるべきかを探ってみます。

ヤルタの歴史:クリミアの街におけるウクライナのアイデンティティ

クリミア南部の黒海の美しい湾に位置するヤルタの街は、ロシアが半島を占領して以来、9年以上にわたってウクライナ人が立ち入ることのできない場所となっています。それ以前は、主に発展した人気のリゾート地として知られ、ウクライナ国内外から人々が集まっていました。2014年以降、「ルースキー・ミール」は一貫してヤルタの観光地としての魅力を潰してきました。今は汚いビーチがあり、旅行者はほとんどおらず、森林伐採によって自然は一部破壊されています。占領当局に異論を唱えただけで、ウクライナ人やクリミア・タタール人が拉致され、殺害され、ロシアに連行され、捏造された事件で投獄されるのです。本格的な侵略が始まってからはそのような抑圧は強まるばかりでした。

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