2022年2月24日は、何百万人ものウクライナ人の記憶に永遠に刻まれる日となりました。本格的な戦争が始まって1年経った今でも、この日の音や味や匂いをウクライナ人たちはよく覚えています。人生がこの日の「前」と「後」に分けられたのです。
あの2月の朝、ある人は愛する人を救いつつも急いで故郷や村から避難し、ある人は急いで救援所を設置し、ある人は防衛軍に入るために近くの軍入隊事務所に駆け込み、ある人は素手で占領軍の戦車を止めて単独で抵抗しました。混乱と怒りの中、ウクライナ人は自分たちの命と愛する人の命を救い、国の独立を守るために、あらゆるリソースを迅速に結集させました。
ロシアは、本格的な戦争を始めて以来、ウクライナ人を追放し続けています。最高議会人権代表ドミトロ・ルビネツの情報によると、2022年2月以降、少なくとも280万人のウクライナ人がロシアへ行くことを余儀なくされたか追放されました。ウクライナ人がベラルーシに強制的に追放されたケースも明らかになっています。
戦時下の規則を遵守しつつ戦うという考えは、ロシアの戦略にはなく、それは全面侵攻の最初の数日間ですでに明らかとなっています。民間インフラや住宅に対して繰り返し行われる攻撃、民間人に対するテロ行為、人道危機の人為的な創出は、決して偶然ではなく、テロ国家のよく計算された措置なのです。
ウクライナの12月と1月は、カラフルな衣装、みんなとの歌唱、明るいイベントが行われる冬休みの時期です。これらの祝日の1つがクリスマスであり、その祝祭の伝統はキリスト教以前の祭事と絡み合っています。
1918年まで、ウクライナ人はユリウス暦で新年の到来を祝っていました。現代のグレゴリオ暦と旧ユリウス暦では13日の差があるため、現在ウクライナの新年は12月31日の夜から1月1日にかけて祝われますが、昔の習慣では、その13日後に再び1年の幸福を祈るため、この日を旧正月と呼ぶのです。
ヨーロッパのロシアへのガス依存は前世紀に始まり、今日においてガスはウクライナに対する戦争におけるロシアの武器となっています。ノルドストリーム2は、バルト海下のガスパイプラインで、ウクライナや東欧諸国の領土を迂回してヨーロッパに燃料を供給するために建設されたものです。こうすることで、ロシアは自国のガス市場を確保しつつ、ウクライナを支援する欧州諸国への影響力を高めることができるのです。
今回は、ウクライナの安全保障がノルドストリーム2の動向にどう関わってくるかを見ていきましょう。
100枚のウクライナの写真は、ウクライナー/Ukraїnerが2017年以降、毎年年末に作成している大規模な要約資料です。プロジェクトのチームが過去12か月間に撮影した最も印象に残った写真が含まれています。ウクライナの風景・地元の俳優・社会的および文化的イニシアチブなどに関する多くの人に伝える価値のあるウクライナ人とウクライナの物語です。
ウクライナー/Ukraїnerのドローンオペレーターが一時的に再訓練を受けて、主に空中偵察に従事しているため、以前のそのような写真の選択とは異なり、今回はドローンから撮影された写真がほとんど含まれていません。
「モトヘルプ(Мотохелп)」は2008年に結成されたキーウのレスキュー隊で、自転車・バイクの事故時の応急処置や法的解決支援を行っています。2014年にロシアとの戦争が始まると軍の支援にも乗り出しました。さらにその後の2022年に大規模な侵略に発展すると、支援業務も拡大しました。軍の支援や輸血用の血液を輸送している様子についてや運営資金の募集に関してはWebサイトをご覧ください。